今まで、気が散漫となっていたせいも有り、気配に気付かず、物音で小さな子どもが現れ驚くも困惑したしばしの間動くことが出来なかった。

その間、子どもの方も動くことはなく、ただじっとバージを見つめてくるだけだった。




「……迷子……誰か探しているのか?…」

同じように、けれどバージとは違い、真っ直ぐに視線を動かすことのない子どもに、バージは視線を合わせるようにしゃがみ、子どもに尋ねた。
けれど子どもは答えることなく、トテトテとゆっくり歩きバージの目の前まで来たかと思えば、口を開くことはなかった。
「……」
ただ、少し下を見、バージの袖をきゅっと掴む。
益々訳が分からなくなってしまい、途方に暮れる。
確かに、フシギバナへと進化してからは、その種特有の体質によるもののせいなのか、単純にバージの荒れた心が丸くなり落ち着いた結果なのか…多くのポケモン、特に子どもに懐かれるようになっていた。
けれど、今回、この子どもは今までとは少し違うようで、それを感じとったバージは子どもに名前を尋ねた。答えてくれるかは分からなかったが。
「…おまえの名前は、何て言うんだ…?」
「…セタ、」
けれど、以外にも少し間があっただけで、すぐに答えが返って来た。



その後、結局セタという子どもに、誰かの所に行きたいのか?と訪ねても、こちらをじっと見てほんの僅かに首が傾くだけ。もしかしたら、訪ねていることがよく理解出来ていないのかもしれない。



「…何処に行こうとしていた?」
問いを変え、セタの様子を見る。
ひとり、歩いていたのだとしたら、どこか行きたい場所があったのかもしれない。




「…そらが、いっぱい みえるとこ。はっぱがしたに いっぱい あるんだ。」

それが、セタが答えた言葉だった。
けれどバージは、少し悩んだ。
空が見えるということは、木々の葉が茂った所ではないということなのだろう。特に、"いっぱい みえる"ということは、周囲に木はなく、開けた場所であることだとバージは考えた。
だが、いくらここに居たことがあるとはいえ、荒れたこの森は自分の記憶とことなる点が幾つもあった。ましてや、開けた場所など、大小なく考えればそれこそ山ほどある。
「そこへの道は、分かるか?」
仕方なく、駄目元で聞いてみるが、答えは予想通り肯定の返事が返ってくることはなかった。






結局、そのままその幼い子どもを置き去ることなどできず、自分の記憶にあるなるべく広い開けた場所を転々と移動し向かった。
まずは、居た場所から一番近かった所へ。
そこに着き、ここか?と訪ねるも、セタはただふる、と首を振るだけで。
その後も、移動した場所で聞いても同じだった。





(次は…――)




この子どもと出会って時間がどれくらい過ぎた頃だったろうか。
幼い子どもの足と、体力では難儀なことに、背負い移動していたバージの足が一度止まる。

場所は、麓からは大分離れ、森の奥。
そして次に開けた場所は、確かに、他の場所とは異なり空が広くきれいに見える場所だった。
その場所を思い出し、一人小さく息をついた。
歩き疲れ、先ほどからうとうとし始めていたセタを背負い直し、バージは再び歩を進めた。













「――…着いたぞ…」

目的の場所へと着いた頃、セタはすっかり眠っており、バージはそっと声をかける。
それでも、セタはさほど間は置かず身動きをし、目を覚ます。
寝はしても、眠りは深くなかったのだろう。

「来たかった場所は、ここか…?」
返事はなかったが、セタの様子を見て、ここがそうなのだろうと感じた。
目を擦り開け、周りを見たセタの視線は周囲の風景に釘付けになる。
そっと、しゃがみセタを背から降ろしてやり、自分もまた同じように周囲を眺めた。



そこは広く、緩やかな丘となっており、所々枯れた葉も目に付いたが、ほとんどの葉が青々と深緑色のきれいな色をしていた。
他にも開けた地はあったが、そこらはこことは違い多くが、土が剥き出し状態だった。
暗いどこか陰のある印象をもつ、先ほどまで歩いていた森とは異なり、この場所は明るく、太陽が照らしていた。
けれど、そんなこの場所とは正反対に、バージの心は陰がさしていた。


出来れば来たくはなかった。

この丘は自分も好きだったが、それ以上に…


あの二人が好み、愛していた場所。

広い、気持ちのいい風がそよぎ、花を揺らし香りや花粉を飛ばし、多くのポケモンを誘う。
丘の中ほどにある大きな切り株。そこに座る二人を囲むように、ポケモンたちが集まってくる。





そしてこの丘から見える、上側に位置する木々の茂みが彼らが寝床のようにしていた場所。


それはつまり、自分が愛した人の一人が命を落とした場所に最も近く、最も想いの深い場所――








目を閉じると未だに鮮明に映る、嘗ては白く綺麗な花が咲き乱れたこの丘。

俯いたまま、目を開いたバージの瞳にあるものが映った。
自分の足下にある、小さな花芽。
気付き、見渡せば幾つもある花芽。
それを見、ふと疑問に思う。自分の記憶が間違っていなければ、今の時期はとうに花が咲き、この丘は花弁で白くなっているはず。
だが、それも直ぐに、この森の栄養が、力がないからだと理解する。





この森には伝えられた話が一つだけあった。

遙か昔、それこそ、この森に主という存在が出来る前のこと。
この森は、木や草はあれど、実りは少なく、花も僅かで、森ではなくただの、山や丘だったという。
そこに、数匹のたねポケモンが訪れ、一つの木に力を分けその木を立派にし、その木は多くの実を実らせるようになった。
その後、そのポケモンたちはその場を去ることはなく、ずっと居続け、この森を守り育てていった――



そのポケモンたちが、バージの先祖にあたるのだ。









バージは、幼い頃、父親に聞いた話を思い出し、足下にあった小さな花芽に触れる。
ほんの僅かに己の力を移しただけで、その花の芽はみるみる膨らみ、あっという間に美しい真っ白な花を咲かせた。
それはバージが触れた花だけにとどまらず、バージの周りにあった花も同様で、バージのまわりは白い花で溢れ、辺りに優しい甘い香りを漂わせ、それを強い風がさらっていった。


それを間近で見ていたセタは、こぼれ落ちそうなくらい驚きに目を見開いていた。






* * * * * *





「…そんなことが…」

その頃、話を聞き終えた5人。
風連が悲しそうに呟いた。他の4人の表情も暗く、目は伏せがちだった。



「ああ…、まぁ、今は森もこんな状態だ。
 森の潤いがなくなった途端、人間共も現れることはなくなったがな」
「酷い…、荒らすだけ荒らして…」
何もしないなんて。
悲しみに歪む風連の表情。
ルディックはそれでも、気にした風は見せず
「もう、過ぎたことだ。そうそうこの森も元には戻らねぇよ」
特に人間には無理な話だな。という。
それは気にしていない、というよりかは、どこか諦めた様にも感じ取れた。



そんな沈んだ空気の中、ジンが鼻をひくつかせた。
「なんか、今、甘い匂いがした気がしたんだけど…」
気のせいだよな。と呟くジンに首を傾げ、カルスもジンと同じ方向を向く。
すると、確かに、時折強めの風にのって、微かに甘い香りが嗅ぎとれた。
その方向は森の奥…山の上側からふく風にのってくる匂いのようだ。
「花の匂いのような香りだね」
「あ、ほんとだ…」
二人の気が、突然嗅ぎとれた匂いに向く。風連たちもそれが気にかかり、同じようにすれば、風連たちにも分かり、匂いが少しずつ強まってきているように感じた。

「…この匂い…まさか、」
その中、同じように匂いを嗅ぎとったルディックが、一人驚いたように目を見開いていた。
そして、ふらりと腰掛けていた小岩から立つと、匂いが来る方向へと数歩歩いたかと思えば何かにとり憑かれたかのように、突然走り出した。

「っ!?ルディック!!?」
「なっ!おいっ!待てよ!!」
それに驚いたのは当然、取り残された5人だ。
風連やジンが叫び声をかけるが、それも虚しく、ルディックの姿はどんどん見えなくなっていく。

「こんなとこにいても、どうしようもない。追おう」
「ああ」
カルスの言葉に皆が頷き、ルディックの後を追い走り出した。






* * * * * *





セタは信じられない光景に、金縛りにでもあったかのように動かなくなり、目の前の光景を見開いて見ていた。


包むようにバージの周りが一度光り、その同じ光が周囲の植物に移ったかと思えば、その光に包まれた植物は元気になり、小さかった花芽は膨らみあっという間に花が咲く。
その幻想的ともいえる光景を、セタは眼を輝かせて見ていた。

「…るでぃが いってたことと、おなじだ…」

「…何?」
今までバージが訪ねたときにしか話すことのなかったセタが言った。
セタは思わず、といった様子だったが、バージは彼から紡がれた名前に我が耳を疑い、セタを見た。
そこにいた子どもは、先ほどとは全く異なっていた。表情の変化が乏しかった目は輝き、子供特有の柔らかな頬にも朱がかかり、表情がぐっと豊かに感じとれる。

実際、信じられないほどに今は慣れないであろう言葉を、賢明に話していた。
その話に、バージの心臓はドクンドクンと早鐘を打っていく。


「るでぃがいってたんだ。おまえがうまれるまえまで、ここはいっぱい しろい はながさいてたって。」


そして、段々とバージの中で一つの考えが渦巻き、それが確信へと近づく。


「はなは おまえのとーさんと かーさんの ちからをかりて、さくんだって…」


 やっぱり、この子どもは…――



「…とーさん…っ」
子ども、セタはバージを見、目に涙を溜めて駆け出しバージに抱きついた。


そこで確信は事実なのだと理解した。セタは、兄・カータと、義姉・ラセナの子ども――。
それと同時に、目の前が真っ白になる思いだった。










「ッ、バージッ!!!!」

自分の足にしがみつき、泣きじゃくるセタを引き剥がすことができず、その場で動けずにいると、突然後方で名を叫ばれる。
振り向かなくてもわかる、その声は懐かしい、ルディックのものだ。

「、ハッ、ハァッ…ッ」
振り返った先にいたのは、予想通りルディックで、彼は息を切らし、少し折った膝に手を付いていた。



「…ルディック…」

口の中で小さく呟いた筈の声が、離れた位置にいるルディックに、風に乗って届く。
それが引き金のように、ルディックは険しい表情のまま叫び怒鳴るようにまくし立てる。
それは年月にして、5年程の思い。




あの時、何故何も言わず出て行きやがった!


―仲間ができたのなら、何故それを知らせに来ねえ!


――ここに住んでた奴らでさえ、出ていった後も何度かあいつらに顔を見せに来てたんだぞ!!



荒い息の中思いをぶつけながらバージに近づいたルディックは、ガッとバージの胸ぐらを掴んだ。
抵抗なく掴まれたバージの目は、戸惑いに揺らぎ、それでもルディックを見ていた。
その頃セタは、突然のルディックの怒鳴り声に驚き、すっかり涙は止まっていた。








「…戻ってこい、バージ」


呼吸を整えたルディックが静かに言った。
バージは息をのみ、目を見開いた。そして揺れた瞳は少しずつ伏せられ、とうとう視線を逸らしてしまった。
その様子にルディックは舌打ちする。

確かに、新しい仲間ができ、その仲間と共に旅をしているという今、突然戻れというのは無理でもあるのだろう。
それでも、何か言うことはあるだろう!

バージの態度に、ルディックは何となく感じていた。気にかけているのは仲間とのこともあるだろうが、それだけでないということ。
過去の事が引っかかっているのではないのだろうかと。
そう考えると、過去のことも、今のこの森もおまえのせいではないと苛立つ。
昔から、自分とカータが自覚するほど過保護にする中、それに甘えることなく無駄に責任感の強い面もあったバージ。
その性格が、今枷になっていると思うルディック。


二人の様子を下方で見ていたセタは、不安気な表情に変わり、ぎゅっとバージのボトムを掴む手に力が入った。



そしてその様子を少し離れた位置、木々の陰から見ていたものに3人は気づいていなかった。













「戻ればいいだろ」

沈黙が辺りを包むと、木々の間から出、歩み寄り言ったのは焔煉だった。

「!……焔煉」
バージが驚き、顔を上げ焔煉を見る。
「昔何があったかはそこのオッサンから聞いた」
話す焔煉の後方で「オッサン…」と呟くカルスの声が聞こえた。言われたルディックの額には、うっすら青筋が立っているのが見えなくもない。


「――今、何がこの森に必要なのかも、森とこの丘を見りゃあ分かんだよ…」

バージが咲かせた花を眺め、バージを真っ直ぐ見据えて言った。

「戻ってやれ、バージ」

焔煉が話す間に各々も意を固めたのか、皆も頷く。
「寂しくなっちゃうけど、会えなくなるわけじゃないから…。
 この森に戻って、また元気にしてあげて。
 元気になった頃、沢山の土産話をもって会いにくるから」
進み出た風連がバージの手を取り、笑いかける。


「ああ、てめーが何に悩んでんのか知らねーけど、てめーのせいじゃねぇだろ」
「、……」
背を押しても表情の晴れないバージに首を傾げ、ああ、と思い立ったように更に話す焔煉。
ルディック程長い付き合いというわけではないが、それでも数年間仲間として共に旅をし、バージの性格も理解していると自負している焔煉は言う。
これには、バージだけでなくルディックも目を見開き焔煉を見た。―胸ぐらを掴んでいたルディックの手は、いつの間にか自然と離れていた。
その様子に、今度は焔煉ではなくカルスが言う。
「バージの考え込みそうな事くらい分かるよ。意外と面倒見が良くて、責任感が強いんだから」
面倒見が良すぎて困ることもあったんだから。と軽くため息を吐くカルス。
「ほっんとにたっまーにだけど、笑ったときの顔がキレイな時もあるしー?」
茶化し気味に話すジン。その隣で「今それ関係ないよ」と呆れるカルス。
そしてその反対側では、「僕もバージの事大好きだよ」と笑うジュールがいた。
その時、何故かルディックの表情が固まったとかいなかったとか…。



3人を見て笑い、風連がまたバージに微笑む。
「ね。みんなバージのこと分かってるから大丈夫だよ」
バージは風連を見、焔煉、カルス、ジン、ジュールへと視線を移し目を細めた。




「…ありがとう」



バージの心はいつになく、暖かい気持ちに包まれていた。


心から、強く優しい仲間たちへ――




ありがとう。


必ず、この森をまた豊かな森へと返すと、約束する――








* * * * * *





「――本当に、これで良かったんだよなー?」

森を出たジンが町へ向かう道すがら、来た方向を振り返り言う。麓まで送ってくれたバージが未だ見えるように感じて、しばらく森をじっと見ていた。
その瞳は、先ほどのは少し強がっていたのだろうかと感じるように寂しさを宿していた。
「良いんだよ。つーか、あのヤロウ、今ここで残ってねえとそのままずっと引き摺ったまま旅続けんだろ。」
後悔するくれえなら行動しろってーの。
言う焔煉の背は、晴れ晴れというにはほど遠く見える。
その背を見、その場を明るくしようと風連が笑顔で言う。

「でも、バージはずっとあの森に居るって言ったんだから、またここにくればいつだって会えるよ!」
「そうだね、また来よう。あの森に」

頷き続けていうカルスに、皆もまた今度は力強く頷く。


そして彼らは、いつもの彼ら通り強い眼でこの先を見据えた。




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漸く終わりました!バージの話!
でもこれ、きっと小説だったからこのペースで終わったけど、漫画だったらいつ終わるか全く見えない状態だったよね!(あ

そんなこんなな感じでバージが初めに仲間と別れることになりましたが、この後、他の面々も別々の道を進んでゆきます。
その話はまたおいおいと!

そして、今回、挿絵を楽しみにされてた方がいらっしゃったら、すみません。。。(ぁ

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!


2010.2.27