<<日なたの中で>>



よく晴れた、穏やかな風が吹く丘の上。座るバージは腕に甥であるフシギダネのセタを抱き、風と木々の匂いを感じていた。
幼いセタはすいよすいよと、気持ち良さそうに眠っている。


数年程前、バージが戻ってきた時この一帯の森は、緑はあるこそすれ、枯れ掛けた気は多く、ポケモン達も居なくなった死に掛けの状態だった。

けれどそれも、バージが戻り、彼フシギバナの持つ力でどうにか、ポケモン達が戻ってきてくれる程度まで再生することは出来たが、まだ回復に至っていない所もいい。



風が少し強く頬を撫でる。その風の心地良さに目を瞑っていると、腕の中で眠るセタが少し身じろいだ。
バージが視線を落とすと、先ほどの風が好かったのか、その寝顔は笑っていた。
その表情に心は温かくなり、自然とバージも微笑を浮かべる。
風に揺れる、義姉に似た深い緑のセタの髪を優しく撫ぜる。
温かく照らす陽に、小さく欠伸が出る。訪れたゆるやかな眠気に、そっと、抱えていたセタを一度草の上に寝かせ、自分も隣に横になり再び抱きしめる。


(大きく…なったな…)


まどろみの中、抱く子どもの大きさと、先ほどまで抱えていた腕に僅かな痺れを覚え、バージは思う。

バージがセタと出合った頃は、まだセタの背はバージの腰にも届かず、バージが立っていれば、足にしがみ付くしかなかったほど。
それが今は、腹部の辺りまで高くなり、まだまだ幼いにしても、幾分か顔立ちも大人びたように思う。
子どもの成長とは早いものだ。


(…兄さんも義姉さんも、見たかっただろうに…)

いや、きっと今も見守ってくれている…

今は亡き兄夫婦を思い出し、セタを腕にバージも深い眠りについた。



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「…寝てやがる」

見回りがてら、二人の為にと採った木の実を抱えたルディックが、丘で二人を見つけたのは、彼等が眠ってから一刻ほど経った頃だった。

どうしようかと一巡するが、二人の側にどかりと座り込む。
「よく寝てんな」
そっとセタの頭を一撫でし、今度はバージへと手を伸ばし、さらりと髪を梳くように指を絡める。

バージは最近よく眠る。いや、眠そうにしているのは、ここへ戻ってきて早く森を戻そうと、無理して力を使い過ぎてからだ。
当初、バージは力の使い過ぎによる疲労と睡魔を表に出さず隠していたが、それも限界に近付き、ルディが気付いてそれを咎めてからは、こうして、天気の良い日は回復にと、日の下で眠る日が多くなった。
その為に、バージが戻ってきてからは、めっきり彼にくっつくようになってしまったセタと一緒に、今の様に昼寝をするのが常となってきていた。



「…まぁ、いいんだけどな」


寂しさも若干あるが、心中で、可愛い寝顔も拝めるしな…と、そんなことを思いながら昔に思いを馳せていた。



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それはまだ、バージが今のセタよりも少し大きい、歳が10の頃。
実をいうと、小さい頃から日向ぼっこと昼寝が好きだったバージは、兄カータやルディックの後ろをついて回っては、好い陽だまりを見つけると、いつの間にかそこで寝入ってしまっていたという事が多々あったのだ。


そして、二人の過保護が過剰になったのも、この時であった。






いつもの様にカータとルディックが森を歩く中、その後を姿を見失わないように幼いバージが追いかけていた。
二人は時々尻目でバージの姿を確認したり、足音で着いてきているのをこっそり気に掛けるだけで、歩を止め振り返る事は無かった。
この頃までは、カータの思いで、強く逞しく成長するようにと、優しくすることはあれど、直接的な甘さをバージに与えることは無かった。それを知っているルディックも同じように甘やかさないようにと心がけていた。(実際、陰ではべた甘な状態だったが。



――そう、この時までは






二人が足を止め、バージが追い着くのを待ち、そして弟を見、兄が言う。

「今日はこの辺りで木の実の収穫をする。まだ、売れていないものも多いからな、それを見極めること、いいな?」
「はいっ」

兄の言葉を、背負った籠の紐をぎゅっと握り、乱れた息と少し上気した頬を整えようと、呼吸を繰り返しながらしっかり聞き、バージは返事をする。
それに頷くと、兄は背を向け歩き、比較的近い場所の木の実を取り始めた。
ルディックを見ると、彼も同じように既に採取に取り掛かっていた。
それに慌ててバージも周りを見回し、自らの手の届く範囲内の熟れて美味しそうな実だけを採っていく。けど全ては採らない。他のポケモン達の為にも、ある程度数を取ると場所を変え、そこでも同じように実を見て採っていっていた。


どの実が熟れていて、どんなのが美味しいのか。また、木の実の種類やその栄養や効能、バージが持つ知識の殆どは、兄であるカータか、兄のように慕うルディックから教えられたものだ。
同じ所から食物を採り過ぎないこと、後から来る者の為に必ず実を残しておくようにとも。これも兄の教えだ。
昔、兄に着いて森を回れなかった程に自分が小さかった頃は、母にも教えられていた気はするが、その頃の記憶は朧気で、やはり母にというよりかは、兄に教えてもらったと感じてしまうのは、母に対して失礼だろうか…。
幾分、子どもらしからぬ事を考えながらも、兄に褒めてもらいたいのと、住処で待つ父母に喜んでもらいたい一心で、木の実を懸命に集めていく姿はとても可愛らしいものだ。


そのバージの様子を横目で見ていたルディックの表情は緩みきったもので、普段、顔が怖いと恐がられているとは思いえないほど締りがない…。
それを見たカータは即座にそれを指摘する。

「ルディック。バージの前でそんな締りのない阿呆な顔は絶対にしないで欲しいんだが。」
「オイ。誰が阿呆なツラだ」
「お前以外、誰もいないだろう?」
「テメ…」
普段、喧嘩などしないこの二人だが、彼らの間に火花が発生することがある。
それが、今のようにバージが関係している時だ。




「カータさん、カータさん!ちょっとお聞きしたい事が……あら、ごめんなさい。お取り込み中でした…?」

木々の間から現れ、カータを呼んだのはこの森に住むポケモンの一人、ニドリーナのエリザベスだ。
エリザベスはカータを捜していた様で、カータを見付け駆け寄るが、ルディックと言い合っているのを見ると、直ぐにクスクスと楽しいそうに笑い出した。
この兄バカ二人の言い合いは今に始まった事ではない為、彼らを慕うこの森に住まうポケモン達は、殆どがこの様を知っている。
知らないのは、その理由の対象となっているバージ本人ぐらいだろうか…。

「ん?ああ、リズか。いや、構わないさ。どうかしたのか」
「ええ、今ね――――……」

カータがエリザベスと話している間、ルディックはバージを気に掛けつつ、木の実を採り、カータ同様、ポケモン達に話しかけられればそれに返していた。



  *  *  *



(あ…兄さんもルディ兄も、話ししている…)


木の実もだいぶ集まり、一度兄に見せようと、嬉しそうに振り返ったバージの視界には、数人のポケモンと言葉を交わすカータとルディック。
抱えた背負いの籠に入れた木の実に視線を落とす。その瞳は寂しげにも見えたが、すぐにいつもと変わらない済んだ瞳に変わる。

(もう少し採って、このカゴあいっぱいになったら見せに行こう!)


んしょっ、と抱えていた籠を背負い、まだ手をつけていない木を探して、バージはその場所から少し離れた。


木の実を捜して歩き、見つけた場所は小さくも、木々の間が開け、陽が降りそそいでいた。


「わぁ…」

バージは歓喜に小さく声を上げた。目の前に広がるのは、鈴なりに実った多種の果実。
開けた場所には、草が大地を覆い隠す程に広がり、燦々と降りそそぐ陽の光により碧く映ずる。
暫しその景観に見入るが、はっとした様にここに来た目的を思い出し、手の届く実を少しずつ採っていく。
木の実で籠がいっぱいになる頃、その風光の中、あまりの心地良さに、バージは何時しか穏やかな眠りについていた。

途中、その様子を窺う影にも気付かずに…。
そして、その影が近付くも目覚めることもなく――



 *------------------*



その頃のカータとルディックはと言えば、相も変わらず、ポケモン達に話しかけられていた。というよりも、ずっと話し続けられている状態だった。
それはもう、普段以上に…。


「…オイ。もうそろそろいいか?」

いい加減話しを聞くのも鬱陶しいんだよ、と不機嫌さを隠しもせず、長く続く話にルディックが終止を告げる。

「えっ!?ちょっ、ちょっと、待ってよっ!!」
急に振り返り、歩き出したルディックに、話しかけていたポケモンは慌てて後を追い呼び止める。
けれど、それは虚しく、簡単に振り切られた。












「ったく、今日は一体何だってんだ」
苛立ちのあまり、それに比例して足音も荒々しいものになる。
ずっと気に掛けていたかったバージから、気を逸らすように話しかけられ続け、バージが場所を変える気配を感じ取った頃を境に急激に苛立ちが増していたのだ。
そこまでを考え、ふと重大なことに気づく。

「…あ?ッあいつ何処行きやがった!?」


バージが向かった方へと進んでも、幼い姿は何処にも見当たらない。

「チッ」
舌を打ち、木々の間を駆け出し、目的の姿を捜し始めた。






一方、ポケモンに捉まり、森の中の案内をする破目になっていたカータも、ルディックと同様にポケモンと分かれると、バージの気配を、木々を通して探り出す。
弟の気配を感じ取り安堵するも束の間、バージに近付く不穏な気配も感じ、焦燥に駆られ、下った坂を掛け上がった。





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「へぇ…案外、無防備なモンだな、このお坊ちゃまは」
くくく…と笑いを溢し、陽だまりの中眠りこけるフシギダネ――バージを覗き込む姿が一つ。
顔に影がさしても、むずがる様に身動きするだけで、再び日に当たると穏やかな寝息を立て、目を覚ます様子は無かった。どうやら、眠りは随分と深いものになっているようだ。


「やっぱアレじゃね?お兄様に守られて、ぬくぬくと成長〜ってヤツだろ」
バージの顔を覗き込んでいた相手に話し掛けながら、こちらと言えば、どう見ても緩みきった表情で「にしても、ホント可愛いよなー」と言い、眠るバージの柔らかい頬をつんとつつく。

「ああ、ホントにな。俺の女を奪いやがったアノにっくきヤロウとは似ても似つかねぇ」
「イヤイヤ、エリザは別にお前の彼女じゃなかったよなぁ?しかも奪ってないし、あいつにはラセナが居るよな」
おもいっきり逆恨みじゃーんと何でもないように言う。
「いぃーや!あのヤロウが俺のベティをそそのかし俺から奪っていきやがった!!
 だから俺は決めたんだ!同じように、アイツの大切なヤツを奪ってやるってな!!」
握り拳を作りそう言うポケモン――ケヴィンに、もう一人の…グラントは「あーあ…」と溜め息を吐き、思い込みも度が過ぎると、妄想も甚だしいな…と思う。



「…で?“奪う”って対象がこのカワイイ弟のバージくんなのは分かったんだけど、どうする訳?誘拐でもするってんですかー?」
半ば、呆れの視線も交えてケヴィンを見やれば、ケヴィンは腕を組み、
「はんっ、誘拐だけな分けないだろ。んー、そうだな…まずは辱めにガキを全裸にでもして…」
「ぜ、全裸…っ!?」
何言ってんだよ!と声を上げそうになった所で、二人が近くで騒いでいると言うのに今だ起きる気配なく、すよすよと眠るバージが視界に入り、グラントの脳内では不埒な事が繰り広げられる…。


(ぜ、ぜんら……)










――深い眠りの中にいたバージは、もぞもぞと触られる感覚と、普段は服に守られている体が外気に晒される感覚に目を覚ました。
視界に映ったのは見慣れぬ二人の青年ポケモン。そして、身に着けていた服を全て脱がされ、裸になっている自分。
二人の男の手が伸ばされ、体のあちこちを触られ、混乱したバージは恥ずかしさに僅かに頬を朱に染め、底知れぬ恐怖に目にいっぱいの涙を溜め、拒絶の音を口にする…。


 『い、やだぁ…っ』



――――…

……



「やべ、興奮してきた」
「ッ!?」


黙り込んだ様子にケヴィンが首を傾げていると、急に鼻息荒くそう告げたグラントに、ビクリと肩を揺らし顔が引きつる。


(いったい何を想像したんだコイツは…!)




因みに、ケヴィンはと言えば、子どもを裸にして、抵抗もむなしく縛られ木に釣り下げるという事を考えていた。
どちらにしろ、カータだけでなくルディックの逆鱗に触れることは間違いない事である。


「…では、そうとなれば、早速…いただきます?」
「い、いたッ!?」
嬉々としてバージの襟元に手を掛け、かぱりと広く胸元を広げて言うグラントにケヴィンは漸く、軽くショックを受けた様に、グラントが考えて(妄想して)いた事に気付く。

そしてもう一つ……。






「何が『いただきます』、だって…?」
「ヒィッ!?」

二人の耳に、地を這うような低く、ドスの聞いた声が届く。そこに居たのはルディックだった。
声と同様に凄ませた表情は、一人の手がバージの服に掛かり、それが服を脱がそうとしていた肯定だと理解すると更に険しくなり、手前に居たケヴィンの胸倉を掴み、怒りに任せ殴り飛ばす。
「ぅぐ…」
ケヴィンは殴られたそのダメージに、グラントは今の状況と次に来る確実な想定に、それぞれ顔を青くする。
そっとグラントがバージから手を離そうとした時に、二人には運悪くもう一人の声が届く。



「…で、一体バージに何をしようとしていたんだ?」


ゆっくり歩み寄り現れたのは、ケヴィンが逆恨みしていたと断言できる対象であるバージの兄、カータだった。
その声は穏やかで有りながら、やはりどこか背冷えするようなドスが有り、表情は口元は緩く弧を描いているものの、その目は射殺さんばかりに二人を睨みつけていた。
それは、そこそこにカータと腕を張るルディックですら、己には向けられたくないと思うほど、怒りを表したものだった。


「い、いや…あの…コレはッ!!」

完全に青褪め後退するグラントの言葉に、聴く耳持たずで、燦々と降りそそぐ日ノ下に出ると、容赦なくソーラービームを食らわし、つるのムチで縛り上げ、最終的には森から追放したカータであった。





「う…あれ?…兄さん…?、ルディ兄…?」


バージが漸く目を覚ましたのはその直ぐ後の事で、直ぐに眠りこけてしまった事を慌てて詫びようとするバージを、優しく、けれど力強く抱きしめるカータだった。




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「なーんてコトもあったよなぁ…」

昔を思い出したルディックが、一人ごちる。
何かがあった、と言うわけではないのだが、あの日を境に確実にカータとルディックがバージから目を離すことはないと言っていい程だった。


「あんときゃー、心配事も絶えんかったが…」
今はぜってー、アノ世であのおっそろしい表情をしてコッチを見てんだろーなと、思わず冷や汗が流れてしまいそうになるのを、セタと共に穏やかに眠るバージの髪を未だ緩く梳きながら考えてしまう。
兄貴の心配事は彼が亡くなっても絶える事はなさそうな様子である。




「…ん?…ルディックか…?」
「おう、おはようさん」
起きたバージに、よく寝てたな、と声を掛ける。

「腹減っただろ?セタもそろそろ起きんだろ。そしたら飯にするぞ」
「……」
集めてきた木の実を見せ、頷くバージにくしゃくしゃと先程までとは違い、少し強めに頭を撫でれば、抗議するように軽く睨まれてしまう。
やれやれ、昔は撫でれば嬉しそうに笑いかけてくれてたのにな、と思うルディックだが、立派な青年へと成長したバージを見ると、それも仕方ねーかとこっそり溜め息を吐いた。


それからバージが優しくセタを起こし、少し遅い昼を取る三人の姿がそこにあった。







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バージの物語の『主なき森・中』でさらっと書いていた、ある出来事の話でした。
書いた本人はめっちゃ楽しかったですが、何分久々でもあったので、必要な描写が抜けてたりして分かりにくい所があるのではと、
毎回の様に汗モノですがまぁ、バージは昔こんなことがあったんです、っとね。←
やー、バージに関する話は結構書きたいことが多くて、筆が進む進む。
今回はほんのり、ルディ×バージ要素(…ルディ→バージかな)を入れてますが、そのうちちゃんとルディバーも書きたいところです。(待。

ではでは、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。



2010.9.13